ヒガンバナ

秋の訪れを告げる
ヒガンバナ(彼岸花)特集です!


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ヒガンバナの写真 ヒガンバナ(曼珠沙華)

1997/9/14 朝撮影、熊本市東町の健軍自衛隊通りの桜並木下のツツジの植え込みの中。別名の曼珠沙華(マンジュシャゲ)は梵語(ぼんご)からで,白くやわらかい、見た人を悪から離れさせる力がある天界の花とのこと。
シロバナヒガンバナの写真 シロバナヒガンバナ(白花曼珠沙華)

2000/9/15 朝、東町中学校にて、シロバナヒガンバナは赤いヒガンバナと黄色いショウキズイセン(下記)の雑種とのことですが、ヒガンバナには実がない、不思議ですね。(ごく稀に実が付くとのこと、コヒガンバナ)
黄色いヒガンバナの写真 黄色いヒガンバナ(ショウキズイセン 鍾馗水仙)

1997/9/27 午後撮影(自衛隊道りの集合住宅敷地で)、上のヒガンバナと比較すると、花びらも広く、花の時期も遅い。別名ショウキラン。似た色の花に、7・8月に咲く「キツネノカミソリ」がある。
ヒガンバナの赤いじゅうたん 一面に咲きほこるヒガンバナ
まさに燃えるような色が一面に!(1998/9/12 、竹田市にて)赤いヒガンバナは、稲の黄、空の青、雲の白、草の緑によくマッチする。ヒガンバナといえば、昔は子供たちが、茎を根本から皮を切らないように折っていき、首飾りにして遊んだとのこと。
 

 
 ヒガンバナの地下茎(球根、正確には鱗茎:りんけい)にはデンプンが含まれ、水にさらして食用となり、昔は飢饉(ききん)に備えて田んぼのあぜ道に植えた。昔(明治から昭和初期)は、このデンプンを製造する会社もあったとのこと。(後述「植物の知識」より)
 ヒガンバナの球根(鱗茎:りんけい)には、リコリン(Lycorine)などのアルカロイド(alkaloid)を含み、有毒であるが、漢方薬や民間療法(球根をすりおろして、炎症・はれ物に、防虫効果も)にも。まさに毒を制して薬なのか。ただ、食用とするには、すりつぶし、充分に水でさらして毒抜きをすることが肝心。(ある本には「7回ほど水洗いして除けば食用となる」とあった。)水でさらすという毒抜きの方法を最初に発見した人ってすごいですね。有毒物を食用にという発想も。ヒガンバナの有毒性や悪臭を利用して、モグラやネズミなどから田んぼのあぜ道を守る目的で植えたとも。あぜ道にヒガンバナが多い理由の一つです。墓場にヒガンバナが多いのも、異臭や有毒性を利用して遺体を動物から守るためだそうです。(モグラに荒されたヒガンバナもあり、モグラよけ効果はないという情報も!)


田んぼのヒガンバナ 「彼岸花」とは、実にマトを射たネーミングだと感心させられます。熊本での盛りも彼岸の中日9月23日(開花情報を発信した平成9年以来毎年。今後違った年があったら書き込みます)付近のようです。秋の彼岸近く、赤く燃えるようなヒガンバナは実に印象的です。
 いつの頃か(稲が伝わったのと同じ頃らしいとの説も)中国から渡来した帰化植物とのこと。稲と同じく食用とされたのか。人里近い堤防や田んぼのあぜ道に多いのも 日本古来の花ではないという証でしょう。ほとんどが人の手で植えられていったものであり、完全な自生というのはないようです。
 ただ、球根(正確には鱗茎)が自然に分裂増殖して拡大することも考えられます。そのスピードを1年に1cm(自然や動植物による外因が働けば更に大きくなる)としても、1億年で1000km移動することになります。九州から中国大陸まで1000kmもないのですから、大陸と地続きだったころ日本まで広がったという考えも成り立つかも。年月の積み重ねが如何に大きなものかと驚かされます。まさに継続は力。しかし、人里遠くの山中に自生していない理由は・・・。(低いところから高いところには移動できないからか?とも考えられますが、可能性は低そうですね)更には、ヒガンバナの鱗茎は塩に弱いという情報も。
 別ページに紹介していますが、万葉集の「壱師(いちし)の花」以外には、鎌倉時代以前の古典文学に登場しないのも不思議です。多く登場するのは江戸時代になってから、それを考えると、渡来したのは室町時代、世間に普及したのは江戸時代と思えます。室町以降に人為的に伝えられたと考えるのが妥当かと推測しています。飢饉時の救荒植物として渡来したのか、詰め草(クローバー)と同様に輸入物の梱包材料として伝わった可能性も。となれば、万葉集の「壱師の花は何だったのか?」等々、疑問は残ります。何とも不思議な花、それがヒガンバナです。

 花言葉は「悲しい思い出」とのことで、別名も「マンジュシャゲ」のほか、「ユウレイバナ」とか「シビトバナ」、「ハカバナ」、「カジバナ」など、全国各地の地方名をあわせれば1000種類ほどあるそうです。様々な地方名を集めるだけでも、面白いかも知れませんね。それぞれの呼び名から、人々の思い入れや関わりあいが伝わってくるものと思います。

ヒガンバナの名前の由来「彼岸(ひがん)」とは
 彼岸という言葉は、サンスクリット語「波羅蜜多」の漢訳「到彼岸」の略といわれ、先祖の霊を敬い墓参りをする仏教行事です。春分(秋分)の日の前3日と後3日の7日間(春・秋分の日も含む)を彼岸といい、春と秋の彼岸があります。煩悩や迷いや悩みの多いこの世をこちら側の岸「此岸(しがん)」と言うのに対して、極楽浄土のあの世のことを、向う側の岸「彼岸」と。あの世(彼岸)にいる先祖を供養する仏教行事に発展したようです。
 彼岸が春分・秋分の日を中心としているのは、極楽浄土が西方十万億土の彼方にあるから。太陽が真西に沈む彼岸は極楽浄土の方角がはっきりわかるから「彼岸」に法要が営まれるようになったのです。ところが「彼岸」は日本独特の行事で、他の仏教国にはないとのこと。「暑さ寒さも彼岸まで」との言葉があるように、過ごしやすい気候を迎え「自然の恵みに感謝し、先祖を敬い、供養する」行事が日本に定着したようです。
ヒガンバナの別名
 シビトバナ、キツネバナ、キツネノタイマツ、キツネノシリヌグイ、ステゴグサ、シタマガリ、シタコジケ、テクサリバナ、ユウレイバナ、ハヌケグサ、ヤクビョウバナなどいやな名もあるが、ハミズハナミズ、ノダイマツ、カエンソウなど雅な名もある。学名を「Lycoris radiata Herb」といい、ヒガンバナ科に属する。(以上、牧野富太郎著「植物の知識」講談社文庫より)
 「radiata」とは放射状の意で、それはその花が花茎の頂に放射状、すなわち車輪状をなして咲いているからである。(一昨日、本屋を覗いていたら見つけた本で、100ページ程の文庫本ですが、身近な花18種、果実4種について、解りやすく記述してあります) また「radiata」は英語のradiate(放射状に広がる)で、ヒガンバナの花が放射線状に開いている形状からのようです。
 こんにちは HP拝見いたしました。彼岸花の別名は「シビレバナ」「ドクバナ」「ニガクサ」「ジゴクハナ」 とかもあるそうです。私は 曼珠沙華と呼ぶのが好きですが・・・。膝にたまった水を抜くのに球根を用いると言う事で彼岸花を検索していたら立ち寄りましたので・・・。昨年 11月に亡くした父の供養も予ねて実家の庭に植えようと思っているところです。(横浜の方からのメールでした。ありがとうございました。2003/01/09)

真っ赤なヒガンバナ ヒガンバナの別名がこれほど多い(一説では1000余)と言うことは、赤い花が目立つばかりでなく、昔から人間生活と関わり深い花だった証拠でしょう。しかし、有毒であるからなのか、シビトバナなど不吉な名前が多いということは、あまり好まれる花てはなかったようですね。万葉集をはじめとする日本の古典文学にもほとんど登場しません。毒々しい赤い花は当時の日本人の趣味ではなかったのでしょうか。それとも、当時はまだ渡来していなかったのでしょうか。江戸時代になって俳句などに登場しはじめ、本格的に登場するのは明治以降です。ヒガンバナへの感情や美意識の変化の表れかとも思いますが、登場する呼び名は「曼珠沙華」と「ヒガンバナ」だけのようです。しかし、最近では素直にヒガンバナの美しさを認め、いち早く季節を伝える花として、マスコミ等をにぎわす花となっており、趣味・園芸の対象として広く普及し、自宅の庭に植えて楽しむ人が増えています。



花は咲けども?

ショウキズイセン 日本では墓場に植えてあることも多く、庭に植えることを忌み嫌う人もいますが、最近、様々な品種が出回り、鉢や庭植えを楽しむ人が多くなりました。
 ところが、花茎があっという間にのび、花が咲くまで目立たず、花だけが印象深く残り、花の後に出る葉っぱの記憶はほとんどないのが、何とも不思議です。(以前、「葉っぱがあるのか?見たことがない!」というメールを頂いたこともあり、下の写真を紹介することにしました)
 別名に「ハミズハナミズ(葉見ず花見ず)」というのがあるそうで、花時は葉がなく、葉の時は花がない」ところからのネーミングだそうです。花が済むとまもなく葉っぱが出て、冬を越し翌年の3月末頃には枯れ、秋になると、地中の鱗茎(球根)から花茎がのびてきて、花が咲きます。
 不思議なのが、花は咲くけど実は結ばない(日本のほとんどのヒガンバナが基本数の3倍の染色体を持つ三倍体だから)ことです。繁殖には球根(鱗茎)によるもので、こんなに見事な花なのに、花はただ無駄に咲いているだけなのでしょうか?
 ごく稀に実を結ぶ二倍体のヒガンバナも存在するそうですが、野山では未だ出会ったことがありません。後述する「ヒガンバナの博物誌」に、二倍体は三倍体より早咲きだとありました。ひと月ほど早く開花するヒガンバナを見つければ、種子を見つけることができそうです。なお同書に、東京大学総合研究博物館の標本庫に下益城郡中央町堅志田で昭和30年10月8日採集の標本があったが、肝心の種子は今は存在しないとのこと。(夏休みに中央町に出かけたり、役場にも問い合わせましたが、残念ながらまだ発見できません。何か情報をお持ちの方がおられましたら、教えていただければ幸いです)
 本ページを閲覧された方々から、2倍体のヒガンバナ(コヒガンバナ)の鱗茎(球根)や種子を送っていただき、別ページとして、2倍体ヒガンバナの種子発芽育苗日記も発信しています。
  
ヒガンバナの葉(1997年10月5日)の写真 ヒガンバナの葉
(1997年10月5日撮影 校庭)
ソフトボールのバックネット裏に、5〜10cmほどの葉が、花が終わった茎の根本に出ていました。この葉が日光をたっぷりあびて、鱗茎(球根)に栄養を与えるのでしょう。来秋、再び花を咲かせる為に。
 

ヒガンバナの博物誌

 ヒガンバナは植物分類学上「単子葉植物 ユリ目 ヒガンバナ科 ヒガンバナ属」の一種で、ヒガンバナ属の学名はリコリス(Lycoris radiata)という。リコリスはギリシャ神話に登場する海の女神、一説にはローマの詩人ガッルスの恋愛悲歌に登場する女優でアントニウスの愛人の名前とも。ヒガンバナ属には約30の分類群(品種)があるが、日本に野生するのは.轡腑Εズイセン(黄色花)、▲轡蹈丱淵泪鵐献絅轡礇押頁鮨А法↓アケボノショウキラン(黄橙)、ぅ淵張坤ぅ札鵝陛躾А法↓ゥオキツネノカミソリ(橙色)、Εツネノカミソリ(橙色)、Д劵ンバナ(赤色)です。(以上、栗田子郎著「ヒガンバナの博物誌」研成社発行より抜粋)同書には、如何にして日本に渡来してきたのかなど、ヒガンバナに関する興味深い話題を染色体の数や構成を比較し、様々な角度から詳細かつ解りやすく解説してあり、別名・呼び名等も数多く紹介してあります。

 今まで漠然と眺めるだけで、単に赤・白・黄と区別していただけでしたが、種類だけでもいろいろとあるんですね。その渡来や分布方法、人々との関わり、興味の輪は次々と広がっていきそうです。(注:ショウキズイセンスイセンとついていますが、上記のようにヒガンバナと同じユリ目 ヒガンバナ科 ヒガンバナ属の一種で、ヒガンバナの仲間。スイセンはユリ目 ヒガンバナ科 スイセン属の一種。)

 
ヒガンバナの葉(校庭にて:2007/01/16)
種類によって葉の幅が違う
ヒガンバナの葉 シロバナヒガンバナの葉
ヒガンバナ(赤、葉幅約5mm) シロバナヒガンバナ(白、葉幅約10mm)
ショウキズイセンの葉 コヒガンバナの葉(疎らで貧弱?)
ショウキズイセン(黄、葉幅約20mm) コヒガンバナ(葉幅約5mm)
本校の「コヒガンバナ」の葉は、5本ともまば
葉っぱが少ないので養分不足(?)、種子が少ない原因か?
 
ヒガンバナの花言葉
 花言葉って,色々あるんですね。それぞれの花に決まったものがあるのかと思っていたら,同じ花でも本によって違いました。そこでWEBで調べてみると「あきらめ,想うはあなた一人,悲しい思い出,恐怖,再会,情熱,独立,また会う日を楽しみに,・・・」
 彼岸花の別名に不吉な名前が多いので,「花言葉も?」と思っていたのですが,調べてみると「あきらめ」や「恐怖」もありましたが,「情熱」や「想うはあなた一人」とか「悲しい思い出」等々,意外にもロマンチックなものが多く,嬉しくなりました。しかし,上のように幾つもの花言葉を並べたのでは有難みというか,真実味が薄れるのかも知れませんね。
 ところで,花言葉って,どうやって決まったのでしょうか?その由来は?民話や伝説等,昔からの伝承をまとめたのか,それとも著者等の好みによる創作なのでしょうか,新たな疑問や興味が!

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