江津湖植生の生態学的観察

馬場 美代子


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 (1)緑の相談所・動物園裏の下江津湖岸

 (2)中江津湖の湖岸と遊歩道

 (3)旧制五高の艇庫跡

 (4)上江津湖の左岸部

 (5)スイゼンジノリ養殖場

 (6)野鳥の森付近

 (7)芭蕉林付近


 昭和62年10月18日、江津湖研究会と熊本市及び熊本日日新聞社との共催で「自然観察会」が江津湖畔で催された本会の様子は清水氏等によって、「10月の行事自然学習室」として先に報告されている。
 そこで、筆者は当日、観察コースにそって生態的観点から観察した江津湖の植生、特に湖岸の植生について報告する。なお、江津湖内及び周辺の植物を植生環境別に記録した図を文末に添付した。
 


(1)緑の相談所・動物園裏の下江津湖岸

 湖岸間近かに浮かぶ中ノ島の左手に下江津湖が広がり、遥か向こうに九州の山なみが連なり近くには飯田山が見えて、ここからの眺めはすばらしい。
 対岸の江津塘下の岸辺には以前は見事なマコモ・ヨシ・オギの帯状群落が続いていた。しかし遊歩道造成によって一部のヨシ原を残し鋼矢板の護岸が一直線に造成されて、矢板がまる見えとなった。それに比べると手前の左岸部はほとんど自然のままで、マコモ・ヨシ・オギの帯状群落が途切れながらも続いている。水中に生えて茎や葉を直立させているのがマコモ。水辺に生えているのがヨシ、やや乾いた所まで生えているのがオギである。
 またこの水辺にはホテイアオイやエズナルコ(仮称)の群生がある。エズナルコはカヤツリグサ科スゲ属の一種でもとオオクグとされていたが、最近神戸在住のスゲ研究家・清水孝浩氏により、オオクグに近い別の種類であるとしてエズナルコの仮称が与えられ、なお研究続行中である。ここはまた、ミクリ、キシュウスズメノヒエ、アゼナルコ、ホソバノウナギツカミ、ミゾソバ、ヤナギタデなどの湿生植物群落でもある。
 画図橋下流左岸のオギの群生する中に南方系のセイタカヨシがわずかに混じっている。これはもと画図橋際右岸にあったものを橋の掛け替えの際に移植したもので、湖岸では数少ない種類である。
 湖岸から少し離れて昨年造成された広い遊歩道があり、その付近にはサクラやナンキンハゼなどの樹木が植栽された。その木々の間にはオギ、セイバンモロコシ、セイタカアワダチソウなどが生い茂っていたが、緑化祭直前には刈り取られてしまった。しかし幸いにも台風による風倒木のおかげでその下にだけ、イヌエビ、オオクサキビ、ヌカキビ、ハリビユ、ホソアオゲイトウ、アレチウリ、クワクサ(オオブタクサ)などが残っていた。このように刈り取ったり削ったりした跡地には帰化植物の侵入が目立つようになることが多いので、この後植生がどう変化してくるかが気になる。
 湖岸にはヤナギの並木がある。ヤナギは落葉樹で雌雄異株であり、種類も多いが春の花期でないと見分けることは困難である。これまでに調べたところ、ここで一番大きいのはマルバヤナギ(アカメヤナギ)(雌株)で12本あり、その中の一本は先頃の19号台風で根こそぎ倒れてしまった。ジャヤナギ(雌株)は大きいのが6本、低木が3本ある。オオタチヤナギ(雄株)は大小15本あるが風折れした枝が目立って痛いたしい。このオオタチヤナギは昨年の本誌創刊号で山城氏により「未詳種で研究中」と記されたものであるが、本年の春に木村有香博士の同定を得た。タチヤナギ(雄株)は低木が2本あって春は黄色の雄しべが美しい。
 画図橋際にエノキの大小木が5〜6本あって、その樹幹にノキシノブが着生したりキヅタが這い上ったりしている。
 橋際の水中には沈水植物のササバモとヒラモが流れになびいている。

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(2)中江津湖の湖岸と遊歩道

 画図橋をくぐり抜けて、中江津台地の遊歩道に上る。ここから上江津湖との境にある江津斉藤橋までの距離は約600mである。中江津は以前は通り道もなかったが、公園化されて遊歩道を作りあずまやも設けられた。
 水辺から台地の斜面にかけてマコモ・ヨシ・オギの帯状群落が比較的によく保たれている。また斜面から遊歩道にかけてナンキンハゼの大小木が多数植裁されており、そのほかにオオタチヤナギ、ジャヤナギ、タチヤナギ、アキニレ、クスノキ、ヌルゲ、ナナメノキなどの樹木が見られる。また遊歩道脇や庭園部分にはサクラやマルバハギなどが植裁されている。そしてこれらの樹間には先頭まで、オオクサキビ、セイバンモロコシ、オオアレチノギク、オオオナモミ、クワモドキ、ヒメムカシヨモギなどの多種類の大形帰化植物が繁茂していた。そしてその中に在来種のイヌビエ、コツブキンエノコロ、メヒシバ、ヒナタイノコズチ、キツネノマゴ、エノキグサ、タカサブロウ、ヨメナ、ヨモギなどが競争しながら混生していた。しかし今回の緑化行事の前に刈り取られてしまったので、帰化植物の旺盛な繁殖と在来種との競争を観察することは出来なくなった。

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(3)旧制五高の艇庫跡

 五高健児が以前舟を浮かべた入江は陸化しつつ湿生植物におおわれ、カサスゲとヨシ、オギのほか、ゴキヅルが茂っている。ラクウショウも植え込まれている。この入江のうち台地の下の部分にテツホシダの自生地がある。湖岸のメダケの藪に守られて長い間生育を続けてきたテツホシダは、藪が切り拂われたために陸からは帰化植物、水辺からはカサスゲやオギの挟みうちに会って危機に瀕している。テツホシダは水湿地に生える南方系のシダ植物である。
 テツホシダよりも一回り外側の水辺に茂っているのがカサスゲで、県内では珍しい植物である。大形の草で昔すげ笠や蓑を作ったという。

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(4)上江津湖の左岸部

 江津斉藤橋をくぐるとスギやアラカシ、イロハモミジなどの茂る小さな林があるが何かの工事中で下草が刈られ、林内に群生するフサスゲも刈り拂われていた。南方系で県内ではややまれであるが、江津湖岸には多い。低木に絡んだコウモリカズラも県内には分布の少ない種類であるが、辛うじて刈り残されていた。
 昭和20年代まで飛込台のあった水泳場も今はマコモやヨシの茂る水湿地となって水量の豊かな頃の江津湖が懐かしい。
 湖岸のサンカクイやマコモは刈り込まれる度毎に痩せ細っていく。それに引換え三角州や岸辺に生える帰化植物のキシュウスズメノヒエはランナーで広がる再生力の強い植物であるため、枝先が刈られても大した影響がなく大繁殖して単純群落をつくってしまう。驚く程の生命力である。
 上江津湖の遊歩道や庭園部分には、シダレヤナギ、ジャヤナギ、ポプラ、カイコウズ、ニセアカシア、シナアブラギリ、マサキ、キョウチクトウなどが植栽されている。左岸の駐車場前の小さな島にはマルバヤナギ(アカメヤナギ)の一株がある。
 湖岸の草は一部にヨシとセイタカヨシの小群生地が残っているだけで、中江津と同じく何時も刈られるので帰化植物のような刈取や踏圧に強い植物が優占してしまった。
 第三湖東橋際にはオギの混じるヨシ原があるが、近年刈られるようになってからクワモドキ(オオブタクサ)やアレチウリの侵入が目立ちはじめた。ここにも緑化祭直前の刈り拂われてしまった。防犯面のことも大切であるが、野鳥その他の動物の住みかとなるヨシ原がオオブタクサやアレチウリなどの帰化植物で一杯になり本来の植生が一変するうえ、動物の住みかが奪われるのも困ったことである。既に上江津湖の水中には到る所に南米原産のオオカナダモが群生し、水面に盛り上がる程の繁殖力を持ち、在来のクロモやホザキノフサモを駆逐してしまった。そして湖内で腐敗し水質汚濁の原因となっている。オオフサモも南米原産の帰化植物で岸辺に生え水中から水上に盛り上がって群落をつくっている。
 上江津湖左岸部は湧水帯で、スイゼンジノリ、ヤマトミクリ、ミクリ、センニンモ、ヒラモ、ビロードスゲ、ヒメバイカモ、ミゾホオズキなど県内には稀または極稀な植物が分布している。以前はスイゼンジノリの分布域も広くその発生量も多かったが、環境の悪化と共に分布域も発生量も少なくなった。木村荘別館前のビロードスゲ群生地もたびたび草刈りされて、現在は石垣にへばりつくように僅かに残っているに過ぎない。抽水植物のミクリも同料亭前の水中にあり、地下茎により株数はふえるがすぐに刈られるために出穂しない。従って花穂が観察出来ないので、ミクリかヤマトミクリかの種の確認が出来ないのである。九州ではこの江津湖だけに見られる北方系のヒメバイカモも湧水の流れる砂中に生えているが、清掃作業で除去されることがしばしばで気を揉むことが多い。

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(5)スイゼンジノリ養殖場

 上江津湖の上流近くの湧水地に一区面(約2,000屐砲鮴澆韻謄好ぅ璽鵐献離蠅養殖されているが、安部元二氏等がボランテアとして世話していられるが、湧水量の減少のため絶滅に瀕している。
 この区面内には種々の自生または植栽の水生植物があって増水のためのスイゼンジノリの逸出を防ぐように工夫されている。ここの主な植物は抽水植物で、スギナ、ミクリ、マコモ、キシュウスズメノヒエ、シュロガヤツリ、アゼナルコ、セキショウ、スジヌマハリイ、サンカクイ、ミゾソバ、ギシギシ、オオフサモ、セリ、カワジシャ、沈水植物ではオオカナダモ、マツモ、ヒメバイカモである。

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(6)野鳥の森付近

 この森は上江津湖の最上流に当たり、東北から西南へ突出した丘の上の森で、江津湖岸に残された数少ないというよりも唯一の「自然度の高い森」である。ところが昭和初期の都市計画による架橋予定地になっており、現在に至っている。江津湖の生命とも言うべきこの森を破壊から是非とも守らなければならない。
 アラカシ、エノキ、ムクノキ、イヌビワ、カジノキ、シロダモ、ヤブニッケイ、ハゼ、ナナメノキ、マサキなどの広葉樹と竹類が混生し、オオイタビ、ノイバラ、ノブトウ、ツルウメモドキなども絡んで、四季折おり見飽きることのない森である。東側の崖地にはカワセミの巣穴もあり、野鳥のさえずりや番いの小鳥達が仲よく水浴する光景など私達に心の安らぎを与えてくれる。こんな次第で何時とはなしに「野鳥の森」と呼ばれるようになった。
 この森の南東に面した湧水地に、破壊された生態系の再生を願って、この7月から基礎工事にかかり、9月末に沈水植物のヒラモ、ササバモ、マツモ、ヒメバイカモなど、挺水植物のヤマトミクリ、ミクリ、セキショウ、マコモなどが植え込まれた。この自然再創造の工事に伴う保護によって長期間植生のなかった同水域に多量のヤナギゴケとセンニンモの一群が発生したのである。植物群落の再生への大きな希望を与えてくれた。

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(7)芭蕉林付近

 今回は時間の都合で自然観察の一行は行けなかったが、ここは水前寺公園と共に江津湖最上流の水源である。ここはかつて一番多く自然の残された所であったが、現在では次第に遊園地としての施設がなされているが、過度の施設による自然の破壊が憂慮される。
 主な植物を次にあげると、南方系のものでは、ハチジョウシダモドキ、イヌケホシダ、北方系のものではヒメバイカモがあり、その他シケシダ、ヤマトミクリ、ヒラモ、ドジョウツナギ、ビロードスゲ、ミゾホオズキなどがある。ほかに南方系のタシロスゲとイシカグマが石垣や林下などにあったが、工事や除草で殆どなくなり、イシカグマは料亭湖月跡(現在は紅蘭亭・葉氏所有)だけに残っている。この一帯には貴重な植物が多いので細かな心遣いが欲しい。
 熊本記念植物採集会・山城会長に本稿の校閲をして頂いた。厚く感謝の意を表する。

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 以上、馬場先生の許可をいただき、1987年「江津湖研究会会誌第2号」に掲載されていた先生のご研究の一部をWeb化して発信したのが1995年秋、その後何度か入力ミスの訂正やレイアウト等を更新しています。

製作:熊本国府高等学校PC同好会(最終更新:2004/03/09)


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